1987年:バブル前夜の転換点―経済・政治・文化が大激変した年の記録
1987年の日本は、経済の成長が続く一方で、社会の変化が加速し、新たな文化や技術の波が押し寄せた年でした。バブル経済の本格的な到来を前に、消費や投資が活発化し、多くの新しい商品やサービスが誕生しました。
政治の面では、中曽根康弘内閣が引き続き政権を担い、戦後3番目の長期政権となりました。国鉄がこの年の3月31日をもって解体され、翌4月1日からJR各社が発足。115年の国有鉄道の歴史に幕が下ろされ、民営化が進む象徴的な出来事となりました。また、関西国際空港の建設が1月に着工し、日本の国際的な航空拠点としての発展に向けた第一歩が踏み出されました。国際関係では、冷戦下における東西対立の影響を受けつつも、日本は経済大国としての地位を確立しつつありました。
社会的には、NTTが携帯電話(ハンディタイプ・アナログ方式)のサービスを開始し、通信の新時代が幕を開けました。これは、後の携帯電話市場の爆発的な成長の端緒となった出来事です。また、エイズに関する報道が大きく取り上げられ、日本国内でも感染への警戒感が高まりました。特に神戸市で日本初の女性エイズ患者が確認されると、社会的な不安が広がり「エイズ・パニック」と呼ばれる事態に発展しました。
経済の面では、財テクブームが起こり、NTT株の上場が大きな話題となりました。個人投資家の間で株式投資が活発化し、バブル経済の前兆ともいえる現象が見られました。さらに、公定歩合が2.5%と戦後最低水準に引き下げられ、低金利政策が経済を後押ししました。
文化の面では、俵万智の詩集『サラダ記念日』が大ヒットし、短歌が新たなブームを巻き起こしました。「この味が いいねと君が 言ったから 七月六日は サラダ記念日」という一節は、多くの人々に親しまれ、短歌を身近なものにしたと言えます。文学のほか、音楽や映画の世界でも話題作が続出し、日本の大衆文化がさらに多様化していきました。
流行語としては、「マルサ」が新語部門で受賞し、映画『マルサの女』の影響もあり、国税庁査察部が注目されるようになりました。また、「懲りない○○」が流行語部門の金賞を受賞し、世相を反映した言葉として広く使われました。
食品業界では、アサヒビールが「アサヒスーパードライ」を発売し、日本初のドライビールとして市場に新風を吹き込みました。また、エビアン(カルピス)がヒットし、ミネラルウォーターの市場が拡大しました。これらの商品はその後もロングセラーとなり、日本の飲料文化に大きな影響を与えました。
スポーツ界では、高校野球やプロ野球が引き続き人気を集める一方で、国際舞台では日本のスポーツ選手が活躍の場を広げていきました。サッカーやバレーボールなどの競技でも新たな才能が登場し、日本のスポーツ文化が発展を遂げた時期でもあります。
また、鉄道業界では多くの路線が廃止されました。広尾線、士幌線、大隅線などがこの年に廃止され、日本の鉄道網の再編が進んだ年でもありました。一方で、神戸市営地下鉄西神・山手線の全線開業など、新たな鉄道インフラの整備も進んでいました。
このように1987年は、政治、経済、文化、社会のあらゆる面で大きな変化があった年でした。日本社会は新しい時代へと向かう準備を進める中で、後のバブル期へと突き進んでいくことになります。
1987年の昭和歌謡:新人台頭と紅白改革が描く激動のシーン
1987年の日本の音楽シーンは、伝統的な歌謡曲と新たなポップス、ロック、ニューミュージックなど多様なジャンルが混在し、激しい変革の時期を迎えていました。当時はシングルの売り上げが低下し始め、アナログ・レコードからCDへの移行期であり、内閣府の調査によればCDプレーヤーの普及率はわずか10.0%程度でした。このような市場環境の変化の中で、各アーティストやグループは新しいサウンドやパフォーマンスを追求し、リスナーの心をつかむために努力していました。
特に話題となったのは、萩原健一と近藤真彦による競作シングル『愚か者』です。近藤真彦はこの楽曲で第29回日本レコード大賞の大賞を受賞し、同時期にうしろ髪ひかれ隊の「時の河を越えて」もヒット曲として多くの支持を集めました。中森明菜、荻野目洋子、安全地帯、南野陽子などの実力派アーティストが次々とヒット曲を送り出す中、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」も前年との合算で約33万枚を記録し、国民的な人気を博していました。一方、瀬川瑛子の「命くれない」は、売上としては歴代最低(約42万枚)にとどまったものの、オリコンシングルチャートで年間1位となるという異例の結果を残し、楽曲自体の評価やリスナーの共感を呼び起こしました。
また、アルバム市場においては、杉山清貴のアルバム『リアルタイム トゥ パラダイス』がアルバム・チャートで5週連続1位を獲得し、彼の音楽性が広く認められる結果となりました。さらに、桑田佳祐はソロデビューシングル「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」を発表し、本年末から翌年にかけて約34万枚のセールスを記録するなど、後の音楽シーンに大きな影響を与える存在として注目されました。
この年は、アイドルシーンにも大きな転換が見られました。長年にわたりおニャン子クラブが国民的な人気を博していたものの、解散という動きがあり、その流れの中で工藤静香がソロ・デビューを果たしました。こうした動きは、アイドル文化の一区切りとして受け止められるとともに、ソロ活動の新たな可能性を示すものとなりました。また、ジャズ・フュージョン界では、世界的な名手であったジャコ・パストリアスが急逝し、多くの音楽ファンに衝撃を与えました。これにより、各ジャンル間での影響や融合の必要性が改めて認識される契機となりました。
音楽イベントの面では、7月の「第7回 南こうせつ サマーピクニック ’87」や「第5回 PEACEFUL LOVE ROCK FESTIVAL 1987」、8月の「KIRIN SOUND TOGETHER POP HILL ’87」や「Rock’n Roll Olympic 1987」など、各地で多彩なフェスティバルが開催され、ライブパフォーマンスの魅力が存分に披露されました。さらに、12月31日に開催された第38回NHK紅白歌合戦は、出演者の大幅な刷新と多ジャンル化を図った「紅白改革」と銘打たれたものの、関東地区における平均視聴率は前回に比べ4.2ポイント低下し55.2%に留まりました。司会には和田アキ子さんと加山雄三さんが担当され、和田さんは紅組のトリとして感極まって号泣される場面も見られ、多くの視聴者の心に深く刻まれました。
また、今回の紅白では、出場歌手の選考方法がこれまでと大きく異なり、視聴者アンケートを参考程度にとどめるなど、新しい基準が導入されました。その結果、伝統的な顔ぶれが次々と落選や辞退となり、島倉千代子さんや三波春夫さんが出場を辞退されるなど、長年の常連が舞台から退く動きが見られました。こうした変化は、紅白が新陳代謝を図る試みであり、若手アーティストの台頭を促す一方で、従来の価値観との葛藤も浮き彫りにしました。
この年は、1月から12月にかけて多数の新人がデビューし、さまざまなアーティストやグループが次々と登場しました。中村由真さん、ブルー・トニック、酒井法子さん、BaBeなど、今後の音楽シーンを担う存在となる新人たちは、多彩なジャンルで活躍し、後年の音楽制作やパフォーマンスに大きな影響を与えることとなりました。
このように1987年は、ヒット曲の誕生、技術革新、そして音楽イベントの多様化を通じて、従来の枠にとらわれない新たな音楽の可能性が広がる転換点でした。従来の歌謡曲の伝統を受け継ぎながらも、次世代の若手アーティストが新しい表現方法を模索し、音楽シーン全体の革新を促す結果となりました。これらの経験は、後の音楽業界においても大きな影響を及ぼし、現代の多様な音楽スタイルが形成される礎となっています。
1987年(昭和62年)の名曲、ヒット曲リスト
以下に、1987年のオリコン総合シングル・チャート(邦楽・洋楽総合)を紹介します。
1位 瀬川瑛子:「命くれない」
2位 中森明菜:「TANGO NOIR」
3位 吉幾三:「雪國」
4位 光GENJI:「STAR LIGHT」
5位 松田聖子:「Strawberry Time」
6位 中森明菜:「難破船」
7位 中森明菜:「BLONDE」
8位 尾形大作:「無錫旅情」
9位 五木ひろし:「追憶」
10位 少年隊:「君だけに」
11位 小泉今日子:「木枯しに抱かれて」
12位 長渕剛:「ろくなもんじゃねえ」
13位 徳永英明:「輝きながら…」
14位 南野陽子:「楽園のDoor」
15位 チェッカーズ:「I Love you, SAYONARA」
16位 少年隊:「stripe blue」
17位 中山美穂:「WAKU WAKUさせて」
18位 南野陽子:「話しかけたかった」
19位 少年隊:「バラードのように眠れ」
20位 BOØWY:「MARIONETTE (マリオネット)」
21位 TUBE:「SUMMER DREAM」
22位 TM NETWORK:「Get Wild」
23位 中山美穂:「50/50」
24位 中山美穂:「「派手!!!」」
25位 チェッカーズ:「WANDERER」
26位 本田美奈子:「Oneway Generation」
27位 堀内孝雄:「愛しき日々」
28位 南野陽子:「パンドラの恋人」
29位 森川由加里:「SHOW ME」
30位 石原裕次郎:「北の旅人」
31位 THE ALFEE:「サファイアの瞳」
32位 小泉今日子:「水のルージュ」
33位 南野陽子:「秋のIndication」
34位 尾崎豊:「核 (CORE)」
35位 近藤真彦:「愚か者」
36位 荻野目洋子:「六本木純情派」
37位 渡辺満里奈:「ホワイトラビットからのメッセージ」
38位 中山美穂:「CATCH ME」
39位 斉藤由貴:「MAY」
40位 杉山清貴:「最後のHoly Night」
41位 日野美歌・葵司郎:「男と女のラブゲーム」
42位 テレサ・テン:「時の流れに身をまかせ」
43位 菊池桃子:「アイドルを探せ」
44位 荻野目洋子:「湾岸太陽族」
45位 荻野目洋子:「さよならの果実たち」
46位 桑田佳祐:「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」
47位 杉山清貴:「水の中のAnswer」
48位 松田聖子:「Pearl-White Eve」
49位 とんねるず:「迷惑でしょうが…」
50位 レベッカ:「MONOTONE BOY」
オリコン総合アルバム・チャート(邦楽・洋楽総合)
1位 荻野目洋子:『ノン・ストッパー』
2位 松任谷由実:『ALARM à la mode』
3位 中森明菜:『CRIMSON
4位 サウンドトラック:『トップガン』
5位 マイケル・ジャクソン:『BAD』
6位 BOØWY:『PSYCHOPATH』
7位 安全地帯:『安全地帯V』
8位 杉山清貴:『realtime to paradise』
9位 渡辺美里:『BREATH』
10位 松田聖子:『Strawberry Time』
11位 レベッカ:『REMIX REBECCA』
12位 HOUND DOG:『LOVE』
13位 ホイットニー・ヒューストン:『ホイットニーII〜すてきなSomebody』
14位 KUWATA BAND:『ROCK CONCERT』
15位 長渕剛:『LICENSE』
16位 稲垣潤一:『Mind Note』
17位 竹内まりや:『REQUEST』
18位 小比類巻かほる:『I’m Here』
19位 中森明菜:『Cross My Palm』
20位 1986 OMEGA TRIBE:『Crystal Night』
21位 TUBE:『SUMMER DREAM』
22位 佐野元春 WITH HEARTLAND:『Café Bohemia』
23位 徳永英明:『BIRDS』
24位 BOØWY:『BEAT EMOTION』
25位 荻野目洋子:『246コネクション』
26位 石井明美:『Mona Lisa』
27位 チェッカーズ:『GO』
28位 サザンオールスターズ:『BALLADE 2 ’83〜’86』
29位 TM NETWORK:『Self Control』
30位 レベッカ:『TIME』
31位 池田聡:『missing』
32位 菊池桃子:『卒業記念』
33位 久保田利伸:『GROOVIN’』
34位 小泉今日子:『ザ・ベスト』
35位 南野陽子:『ブルーム』
36位 小泉今日子:『Hippies』
37位 鈴木聖美 with ラッツ&スター:『WOMAN』
38位 中山美穂:『COLLECTION』
39位 杏里:『SUMMER FAREWELLS』
40位 マドンナ:『トゥルー・ブルー』
41位 斉藤由貴:『風夢』
42位 オフコース:『as close as possible』
43位 吉川晃司:『A-LA-BA・LA-M-BA』
44位 BARBEE BOYS:『LISTEN!』
45位 中山美穂:『EXOTIQUE』
46位 中村あゆみ:『Smalltown Girl』
47位 薬師丸ひろ子:『ベスト・コレクション』
48位 HOUND DOG:『ROCKS TO ROLL』
49位 山下達郎:『ON THE STREET CORNER 2』
50位 チェッカーズ:『THE CHECKERS BEST』
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