2026年1月16日、東京・港区のライブレストラン青山にて、一人の新人演歌歌手がその輝かしい門出を祝う「デビューコンベンション」を開催しました。主役の名は、平山花羽(ひらやま・はなは)さん、27歳。1月21日にシングル『あじさい坂/自慢の栃木』でメジャーデビューを果たす彼女の歌声は、師匠である松前ひろ子さんや、兄弟子の三山ひろしさんが太鼓判を押すほどの圧倒的な透明感と力強さを秘めています。
4歳で初めて公民館のステージに立ち、小学生時代には「おやじバンド」のボーカルを務めるなど、早くからその才能を地元で開花させていた彼女。しかし、プロへの道は決して平坦なものではありませんでした。栃木から往復5時間をかけて東京の専門学校へ通い、地元企業での勤務を経験しながらも、心の奥底で燃え続けていた歌手への情熱。そのひたむきな日々が、ようやくひとつの大きな花を咲かせようとしています。地元・栃木市の市長や、かつての職場である「岩下の新生姜」の社長までもが駆けつけ、涙と笑顔に包まれたデビュー前夜の熱いドラマを詳しく紐解いていきましょう。
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平山花羽、「あじさい坂」でデビュー 岩下の新生姜みたいに多くの人愛されるように!
4歳で目覚めた歌の喜び。往復5時間のレッスンを支えた「さわやか娘」の執念
平山花羽さんの原点は、まさに歌とともに歩んできた半生にあります。初めて人前でマイクを握ったのはわずか4歳の頃。母から教わった「無法松の一生」を地元の公民館で歌い上げ、周囲の大人たちが満面の笑みで拍手を送ってくれたその瞬間、彼女の心には「一生、歌を届ける人になりたい」という夢が刻まれました。小学5年生の時には、父の友人が組んでいたバンドにボーカルとして加わり、自らギターを奏でながら音楽の基礎を叩き込まれたといいます。
高校2年生で「NHKのど自慢」のグランドチャンピオン大会に出場するなど、10代からその実力は知れ渡っていましたが、卒業後はさらなる高みを目指し、過酷な日々を選択します。栃木の自宅から東京の音楽専門学校まで、毎日往復5時間を費やしてレッスンに通い詰めました。車窓から流れる景色を見つめながら、自らの声を磨き続けたその粘り強さこそが、今の彼女の武器である「天まで届くような伸びやかな高音」の礎となっています。「聴けば元気!歌えば笑顔!」というキャッチフレーズは、そんな彼女が長い下積みの中で確信した、歌が持つ魔法のような力そのものなのです。
三山ひろしの付き人として学んだプロの背中。師匠・松前ひろ子が導いた運命の出会い
夢を追い求めながらも、一時は地元・栃木市の「岩下食品」に就職し、社会人としての経験を積んでいた平山さん。しかし、運命の女神は彼女を見逃しませんでした。その類稀なる歌声が、大御所・松前ひろ子さんの目に留まったのです。2024年8月からは三山ひろしさんの付き人として、1年4ヶ月に及ぶ厳しい修業時代を過ごしました。
三山さんといえば、紅白歌合戦の常連であり、けん玉ギネス記録でも知られる国民的歌手。そんな偉大な兄弟子の最も近くで、ステージに向き合う真摯な姿勢や、ファン一人ひとりを大切にする心、そしてプロとしての徹底した体調管理を学んできました。コンベンションのステージで披露された『人生舫い船』のカバーでは、師匠譲りの情緒豊かな表現力を見せ、客席を唸らせる一幕もありました。三山さんの背中を追い、松前流の教えを胸に刻んだ彼女の歌唱には、単なる技術を超えた「伝える力」が宿っています。
栃木市・岩下食品の愛を背負って。地元が一体となって応援する「新生姜の歌姫」
今回のデビューにおいて、特筆すべきは地元・栃木からの熱烈なバックアップです。平山さんが約5年間、受付やレジ打ち、さらには音響・照明までこなしていた「岩下の新生姜ミュージアム」の岩下和了社長も、彼女の門出を心から祝福しています。社長自らが「歌声でみんなを笑顔にして」とエールを送る姿は、彼女が職場でいかに愛されていたかを物語っています。岩下の新生姜のように、長く、そして多くの人に愛される存在になりたいと語る彼女の言葉には、育ててくれた地元への深い感謝が込められています。
さらに、栃木市の大川秀子市長も会場に駆けつけ、驚きのエピソードを披露しました。「昨日、スナックで『あじさい坂』を歌ってきました」という市長の言葉に、会場は温かな笑いに包まれました。幼い頃から地元のイベントで歌い続けてきた少女が、今や栃木市を挙げて応援される「街の希望」へと成長したのです。芸名に込められた「花が咲いて、どこまでも羽ばたいていけるように」という願いの通り、彼女の歌声は栃木から全国、そして憧れの紅白の舞台へと、一歩ずつ確実に広がっていくに違いありません。
演歌ニュース記事 感想
平山花羽さんのニュースに触れ、何よりもその「意志の強さ」と「地元への愛」に心が震えるような感動を覚えました。27歳という年齢は、演歌界では若手と言われますが、彼女が歩んできた道のりは決して近道ではありませんでした。往復5時間をかけてレッスンに通い、会社員として働きながら夢を繋ぎ止めていたというエピソードからは、彼女がどれほどこの「デビュー」という日を大切に思ってきたかが痛いほど伝わってきます。
特に印象に残ったのは、かつての職場である岩下食品の社長や、地元の市長が親身になって応援している姿です。普通、会社を辞めて夢を追うとなると少し寂しいお別れになりがちですが、彼女の場合は周囲が「行ってらっしゃい!」と背中を強く押している。これは平山さんの人柄が、まさに「新生姜」のように爽やかで、誠実だったからに他ならないのでしょう。三山ひろしさんの付き人として修行を積んだという背景も、ファンとしては非常に頼もしく感じます。彼女の歌声が全国の茶の間に届き、栃木の「あじさい坂」が多くの人の心に咲く日が来るのが、今から楽しみでなりません。

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