戦後の日本歌謡史に名を残す作曲家、吉田正。股旅ものから青春歌謡、リズム、ムード歌謡まで、幅広いジャンルで数々の名曲を生み出した巨匠です。そんな吉田正が、新進気鋭の歌手、三田明に贈った金言とは?この記事では、吉田正と三田明の師弟関係、そして吉田正の音楽哲学に迫ります。
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作曲家・吉田正 戦後の日本歌謡を代表する一人「迷ったら自分の思った通りの道に行きなさい」新人の三田明へ助言
時代を彩った吉田メロディー
吉田正は、1921年に生まれ、1998年に亡くなった作曲家です。戦後の日本歌謡界において、数多くのヒット曲を世に送り出し、”吉田メロディー”と呼ばれる独自の曲風で多くのファンを魅了しました。
代表曲には、
- 竹山逸郎「異国の丘」
- フランク永井「有楽町で逢いましょう」
- 松尾和子&和田弘とマヒナスターズ「誰よりも君を愛す」
- 橋幸夫「潮来笠」
- 吉永小百合「いつでも夢を」
などがあります。これらの曲は、いずれも時代を代表する名曲として、今でも多くの人に愛されています。
三田明への金言
吉田正は、新人歌手の発掘にも力を入れていました。そんな中、1962年にオーディション番組「ホイホイ・ミュージック・スクール」でスカウトされたのが三田明です。
三田明は、吉田正の指導を受け、デビュー曲「美しい十代」から70年までに出したシングル盤は44作連続で吉田さんの作曲となりました。三田明は、吉田正からかけられた言葉について、テレビ番組でこう語っています。
「デビューの決まった新人を心配してくださったのか、『三田君、人生はマラソン選手みたいなもの。山あり谷あり、時には平坦な道もあるけど、分かれ道もある。迷ったら自分の思った通りの道に行きなさい。最後のゴールは自分で決めればいい』とおっしゃっていた」
この言葉は、三田明の人生に大きな影響を与えました。迷いながらも自分の道を歩み続けることで、三田明は多くのヒット曲を世に送り出し、歌謡界を代表する歌手となりました。
吉田正の言葉に込められたメッセージ
吉田正の言葉には、
- 人生は山あり谷ありである
- 迷ったら自分の思った通りの道を選ぶべきである
- 最終的なゴールは自分で決めるべきである
というメッセージが込められています。これは、人生を歩む上で大切な指針となる言葉と言えるでしょう。私たちは、吉田正の言葉を胸に、自分の人生を歩んでいきたいものです。
演歌ニュース記事 感想
吉田正さんの楽曲を聴いていると、戦後の日本の希望や夢が感じられて、本当に心に響きます。彼の曲は、単にメロディーや歌詞が美しいだけでなく、彼自身の生き方や哲学が反映されているところが魅力です。
吉田正さんの音楽とその言葉が、これからも私たちの心に生き続けることを願っています。
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