【いま、聴きたい演歌・歌謡曲 vol.17】日本クラウンのレジェンド集結!美川憲一60周年「さそり座の女」から成世昌平40周年「はぐれコキリコ」まで、時代を彩った名曲の深層

世代を超えて私たちの心に響き、ついつい口ずさみたくなる「うた」。そんな名曲たちとの出会いは、日々の暮らしに彩りを与えてくれます。この連載「いま、聴きたい演歌・歌謡曲」では、そんな珠玉の楽曲とその歌い手たちをご紹介していますが、第17回となる今回は、日本を代表するレコード会社の一つ、日本クラウンにスポットを当てます。1963年に設立され、既に60年以上の歴史を誇る日本クラウンですが、実は演歌の世界においては後発組。しかし、その歩みの中で数多くのスター歌手を育て、素晴らしい名曲を世に送り出してきました。今回は、そんな日本クラウンの歴史と共に歩み、輝かしい周年を迎えたベテラン歌手の方々と、その代表曲を深掘りします。ご本人によるコメント動画も本企画の大きな魅力の一つですが、この記事ではまず、その歌声と楽曲に込められた物語を紐解いていきましょう。きっと、あなたの心に新たな感動が灯るはずです。

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【連載】いま、聴きたい演歌・歌謡曲 vol.17(コメント動画付き)美川憲一、高橋キヨ子、千葉げん太、長保有紀、成世昌平

美川憲一、デビュー60周年の輝きと「さそり座の女」誕生の舞台裏

まずは、今年デビュー60周年という金字塔を打ち立てた、美川憲一さんです。1965年に「だけどだけどだけど」で日本クラウンからデビュー。まさにクラウンの歴史と共に歩んできた生え抜きの大スターです。翌66年には3枚目のシングル「柳ヶ瀬ブルース」が120万枚を超える大ヒットを記録し、「新潟ブルース」「釧路の夜」と、60年代はご当地ソングのヒットメーカーとしてその名を轟かせました。70年代に入っても「おんなの朝」などコンスタントにヒットを重ねますが、1972年、ついに運命の一曲と巡り合います。それが、今や美川さんの代名詞とも言える「さそり座の女」でした。この楽曲は、当時の世の中に星占いブームを巻き起こすほどの社会現象となり、美川さんの人気を不動のものにしました。

驚くことに、この「さそり座の女」、元々はシングルのB面曲として予定されていたそうです。しかし、美川さん自身がこの曲の持つ力を見抜き、A面にしてほしいと強く願ったというエピソードは有名です。その眼力と情熱がなければ、この名曲は今とは違う形で世に出ていたかもしれません。『NHK紅白歌合戦』でもこれまでに7回も歌唱されるなど、まさに国民的な代表曲と言えるでしょう。長い年月愛され続けているだけに再録音も行われており、現在CDで聴けるバージョンは、オリジナルと同じアレンジながら、より滑らかでゴージャス感が増した歌唱が魅力です。さらに2023年には、1991年に清水靖晃さんの手によるダンスアレンジで新録音されたバージョンがアナログレコードで再発され、和モノDJシーンを席巻するなど、新たなファン層をも獲得し続けています。このような生命力を持つ楽曲は、そうそうあるものではありません。

民謡界の至宝・高橋キヨ子60周年「ひぐらし」の技巧と、渥美清の付き人から生まれた千葉げん太50年目の「望郷わらべ唄」

続いてご紹介するのは、美川さんと同じく1965年デビューで、今年60周年を迎える高橋キヨ子さんです。15歳で民謡「秋田おばこ甚句(秋田甚句)」でデビュー。多くの民謡歌手が演歌や歌謡曲へと活動の幅を広げる中、高橋さんは民謡一筋。70年代には三味線・本條流家元の本條秀太郎さんに師事するなど、その探求心は尽きることがありません。2024年には「民謡名人位」を受賞するなど、まさに民謡界の至宝と呼ぶにふさわしい方です。そんな高橋さんの代表曲といえば、1981年リリースの「ひぐらし」。作詞は美空ひばりさんの「柔」などで知られる関沢新一先生、作曲は歌謡界屈指のヒットメーカー船村徹先生という豪華布陣で、この曲は『第2回NHK古賀政男記念音楽大賞』で入賞も果たしました。一聴すると古いタイプの演歌のようにも感じられますが、民謡独特のコブシを効かせたロングトーンが随所に盛り込まれており、高度な歌唱テクニックと相当な肺活量が求められる難曲です。その世界観だけでなく、技術的な奥深さを味わうのも一興でしょう。

そして、来年でデビュー50周年を迎える千葉げん太さん。1976年に「トラック野郎」でデビューしましたが、そこに至るまでには9年間の下積み時代がありました。歌手を志し、19歳で故郷の宮城県から上京。名優・渥美清さんの付き人を務めるなど、様々な経験を重ねて夢を掴んだ苦労人です。今回取り上げる「望郷わらべ唄」は2001年のリリースで、なんと千葉さんご自身が「千葉とおる」の本名で作曲を手がけました。タイトルが示す通り、故郷を想う歌ですが、子供の頃に見た懐かしい風景を重ね合わせることで、物理的な距離だけでなく、時間をも超えた「あの頃」への郷愁を呼び覚まします。だからこそ、多くの人々の共感を呼び、今や若手の歌手たちにも歌い継がれる望郷歌のスタンダードとして定着しつつあります。リリース当初からその評価は高かったと見え、2003年には早くも新アレンジ版が発売されるなど、千葉さんの近年の作品群の中でも特に大切な一曲となっているようです。

長保有紀・成世昌平、デビュー40周年!それぞれの道で掴んだ代表曲「城ヶ島雨情」と「はぐれコキリコ」

今年デビュー40周年を迎えるお二人、まずは長保有紀さんです。1985年に「女の人生待ったなし」でALTYレーベルからデビュー。その後、親会社のアポロンへの社名統一を経て、1998年まで在籍し、1994年には紅白歌合戦にも出場しました。1999年から2003年まではビクターに在籍し、日本クラウンには2004年から参加、今年で21年目となります。長いキャリアの中で特筆すべきは、90年代以降「はずき」のペンネームで作詞・作曲も手がけるようになった多才さです。これまでに50枚ものシングルをリリースし、ほぼ毎年のように新曲を発表し続けるその創作意欲には驚かされます。そんな長保さんのクラウン移籍第2弾シングルとして2005年に放ったのが「城ヶ島雨情」です。作詞の木下龍太郎先生、作曲の中村典正先生というコンビによる初期クラウン時代の代表作の一つで、神奈川県三浦半島の先端、城ヶ島を舞台にした旅情艶歌。古くからの景勝地を意識したのか、未練を歌いながらもどこか明るく軽快なメロディが、かえって切なさを際立たせる名曲です。

そして同じくデビュー40周年、日本クラウン生え抜きの実力派、成世昌平さん。もともとは落語家を目指していたというユニークな経歴の持ち主ですが、高校卒業後に独学で民謡を始め、77年と78年には産経新聞の民謡大賞で連続優勝。1985年に民謡「博多節」でデビューしました。一度聴いたら忘れられない、艶やかで伸びやかなハイトーンヴォイスと、滑らかなコブシ回しは成世さんならではの個性。民謡を歌い始めて45年目となった2019年には、日本民謡協会から第46代の名人位を受章するなど、その実力は折り紙付きです。代表曲「はぐれコキリコ」は1999年リリースの9枚目のシングル。1999年の日本レコード大賞で作曲賞を受賞するなど楽曲への評価は当初から高かったものの、リリース直後は大きな話題にはなりませんでした。しかし、有線放送などを通じてじわじわと人気が浸透し、数年かけて50万枚を超える大ヒットを記録。富山県の民謡「コキリコ節」をモチーフにしたこの曲は、成世さんの民謡で培ったダイナミックな歌唱力を存分に活かせる構成になっており、特にエンディングに向けての凄まじいハイトーンの響きは圧巻の一言。これを完璧に歌いこなせる人は、そう多くはないでしょう。

演歌ニュース記事 感想

今回の記事を拝見し、長年にわたり歌謡界の第一線で活躍されているベテラン歌手の方々の足跡と、その代表曲に込められた深い物語に改めて感銘を受けました。美川憲一さんの「さそり座の女」がB面予定だったというエピソードや、成世昌平さんの「はぐれコキリコ」が時間をかけてヒットに至った経緯など、名曲誕生の裏には様々なドラマがあるのだなと、興味深く読み進めました。

日本クラウンというレコード会社が、演歌界では後発ながらも、これだけ多くの素晴らしい才能と共に歴史を刻んできたという事実も、この記事を通じて知ることができました。高橋キヨ子さんが民謡一筋で名人位まで取得されたこと、千葉げん太さんが苦労の末にデビューしご自身でも作曲を手掛けていること、長保有紀さんが作詞作曲もこなす多才な方であることなど、それぞれの歌手の方の個性や背景を知ることで、楽曲への理解も一層深まったように感じます。

この記事で紹介された楽曲たちを、改めてじっくりと聴き返したくなりましたし、歌手の皆さんの周年記念盤や最新曲にも自然と手が伸びそうです。世代を超えて歌い継がれる名曲の力を再認識する、素晴らしい機会となりました。

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