2026年、木村徹二さんの勢いが止まりません。ファン待望の新シングル『風神雷神』のリリースに合わせ、日本橋三井ホールでの単独公演や、父・鳥羽一郎さん、叔父・山川豊さんらと一堂に会する『木村家ファミリーコンサート 2026』の開催も決定しました。演歌界の未来を担う兄弟にとって、今年はまさに勝負の年といえるでしょう。
これまでの作品で演歌とポップスの絶妙な融合を試みてきた二人が、なぜ今、あえて「骨太な演歌歌謡」へと大きく舵を切ったのか。そこには、兄・竜蔵さんの緻密な戦略と、弟・徹二さんの歌い手としての凄まじい本能が隠されています。父の背中を見つめ続け、たどり着いた「木村家流」の流儀とは何か。公開されたばかりの兄弟対談から見える、新作に込めた熱き意志と、誰も知らないレコーディングの舞台裏を詳しくご紹介します。これを読めば、彼らが鳴らす「風神雷神」の調べが、より一層深く、熱く胸に響くはずです。
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木村竜蔵&木村徹二、兄弟対談! 「非常識感が強さなのかもしれない」――演歌界での役割、『風神雷神』に込めた意志
3年間の試行錯誤が結実!ポップスと演歌が融合する「木村徹二」という新たな様式美
木村兄弟にとって4作目のシングルとなる『風神雷神』は、これまでの3年間の集大成ともいえる作品です。デビュー曲『二代目』から始まり、『みだれ咲き』『雪唄』と、彼らは常に「演歌のDNAを持ちながら、いかに現代のリスナーに響くか」という実験を繰り返してきました。竜蔵さんは、徹二さんの歌声がどの世代に刺さり、どのような反応を呼ぶのかを冷徹なまでに分析し、一歩ずつ「木村徹二」という唯一無二のブランドを構築してきたのです。
今作で目指したのは、小手先の技術ではない、圧倒的なオリジナリティの確立でした。徹二さんは、日々のキャンペーンでお客さんが何を求めているかを肌で感じ取り、その生の声を竜蔵さんにフィードバックすることで楽曲の精度を高めています。王道の演歌を愛する人々の心と、ポップスを聴いて育った若い世代の感性。その両方を繋ぐ架け橋として、この『風神雷神』という骨太な一曲が産み落とされました。前作『雪唄』で得た確かな手応えが、今作でのさらなる飛躍を確信させています。
修正なしの一発勝負!『風神雷神』の荒々しさに宿る生々しい「ライブ感」の正体
レコーディングにおいて、彼らが最も大切にしているのは「整いすぎない美しさ」です。驚くべきことに、徹二さんの歌唱はピッチやリズムの修正をほとんど行わない、いわばライブそのものの歌声が収録されています。ジャケットに描かれた勢いのある筆文字が、しぶきや余白まで含めて一つの作品であるように、歌声もまた、技術的な完成度以上に「その瞬間の熱量」を重視しているのです。
徹二さんは、レコーディング前に過度な練習をせず、数回目の歌唱をそのまま音源化することを好みます。「歌い込みすぎると答えが見えてしまい、余計なことをしてしまう」という彼の言葉には、本能で歌を捉える天才肌の気質が溢れています。対する竜蔵さんも、歌い手が最も気持ちよく声を放てる状態を第一に考え、細かいディレクションはあえて行いません。この兄弟ならではの阿吽の呼吸と信頼関係が、楽曲に生々しい「風」と「雷」のような躍動感を与えているのです。
父・鳥羽一郎から学んだ「職人の背中」と、10分で完結する木村家流の瞬発力
木村兄弟の活動の根底には、常に父・鳥羽一郎さんの教えがあります。竜蔵さんは、父を「言っていることとやっていることが一致している、飽きない人」と評し、徹二さんは「余計なことをせず、さらさらの水が出続けているような歌声を持つ教科書」と仰ぎ見ています。鳥羽さんは、息子が書いた曲であっても一切の口出しをせず、「お前が書いたんだから言う通りにする」と職人的に徹するそうです。
そんな父の影響もあってか、木村家の現場は驚くほどスピーディーです。ファミリー企画のミュージックビデオ撮影では、カメラを構えてからわずか10分で終了したという驚きのエピソードも飛び出しました。無駄を嫌い、一瞬の閃きと瞬発力にすべてを賭ける。その「不器用ながらも迷いのない姿勢」こそが、彼らが演歌界で異彩を放ち続ける最大の武器なのでしょう。師匠を持たない「究極の紛い物」を自称しながらも、自分たちの信じる道を突き進む彼らの自由な魂が、停滞しがちな演歌界に今、新しい風を吹き込もうとしています。
演歌ニュース記事 感想
今回の木村兄弟の対談を読み、お二人の間にある「執着しない信頼関係」に深く感動いたしました。特に、竜蔵さんが「100メートル掘って1メートルに埋め直す」ほど楽曲制作に没頭する一方で、徹二さんがその完成品を全幅の信頼を寄せて受け取るという関係性は、兄弟という枠を超えた最高のクリエイティブパートナーなのだと感じます。昨今の音楽制作ではデジタルな修正が当たり前になっていますが、あえてそれを拒み、荒々しさを残したまま世に出すという決断には、並々ならぬ勇気が必要だったのではないでしょうか。
個人的に最も心に残ったのは、父・鳥羽一郎さんを「教科書」と呼ぶ徹二さんの言葉です。余計なことをせず、澄んだ水のように歌うことの難しさ。それを追い求めながらも、自分たちは「非常識な強さ」で勝負していくという宣言には、新しい時代を切り拓く旗手としての矜持を感じました。10分で終わったというMV撮影のエピソードには思わず笑ってしまいましたが、その瞬発力こそが、飾らない男の生き様を歌う演歌の真髄なのかもしれません。新歌舞伎座でのファミリー公演や、日本橋での単独ライブ。そこで響くであろう『風神雷神』の生歌を想像するだけで、日本の演歌の未来に強い希望が湧いてきました。

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