デビュー30周年を迎えた水森かおりさんが、新たな一歩を踏み出しました。2025年、記念すべき節目に送り出す新曲は、その名も「大阪恋しずく」。徳間ジャパンから発売されたこの作品は、彼女の原点である大阪との絆をテーマに据え、明るく前向きな一曲に仕上がっています。
「大阪でヒットすれば全国でヒットする」——そんな言葉を胸にスタートした水森さんの演歌人生。その出発点である大阪に、あらためて思いを馳せる本作には、積み重ねてきた30年の感謝と誇り、そして新たな決意が込められています。
これまで歩んできた道、そしてこれから見据える未来。水森かおりさんの「今」と「これから」を、この記事でじっくりと追いかけてみたいと思います。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a03f3bbba8c9ae3038eaef4c0b32e2533a047f5f
「次はどこですか」と言われる「ご当地ソングの女王」、きっかけの「東尋坊」は崖っぷちでした
デビューの地・大阪への深い想い
1995年9月25日、デビュー曲「おしろい花」で演歌界に飛び込んだ水森かおりさん。当時は東京出身ながら、「大阪で生まれた歌手」と言われるほど、関西でのキャンペーン活動に力を入れていました。
演歌にとって大阪は、特別な意味を持つ土地。「大阪で売れた曲は全国で売れる」との定説を信じ、何十件ものカラオケ教室を駆け回り、地道な努力を重ねていきました。
その積み重ねが、やがて彼女自身の心の中に「自分は大阪に育ててもらった」という思いを根づかせたのです。
今回の「大阪恋しずく」は、そんな原点回帰の気持ちを込めた楽曲。大阪という街への愛情を、優しく、時に切なく紡いでいく歌詞とメロディーが、聴く人の心にそっと寄り添います。
笑顔の裏にある、演歌歌手としての覚悟
「大阪恋しずく」のレコーディングでは、通常以上にトーンを上げて笑顔を意識しながら歌唱したという水森さん。
「録音では、自分が思っている以上に明るくしないと、声だけでは伝わらないんです」と振り返ります。
ひとりニコニコと、まるで鏡に向かって笑顔を作るように歌ったレコーディングは、楽しいだけでなく、プロとしての厳しさも求められるものでした。
また、デビュー当時は、演歌が厳しい時代に突入していた時期。小室サウンドが時代を席巻するなか、着物ではなく洋服姿でCDジャケットに登場するなど、時代に合わせた新しいスタイルにも挑戦しました。
一つひとつの選択が、未来へとつながる道となり、今の水森かおりさんを作り上げたのです。
ご当地ソングの女王へ、そして未来へ
2002年の「東尋坊」で、「ご当地ソング」というジャンルに本格的に挑戦しはじめた水森さん。当時はヒットに恵まれず、「崖っぷち」と呼ばれるほど厳しい状況でした。
しかし、諦めずに歌い続けたことで徐々に手応えをつかみ、翌年の「鳥取砂丘」で大ブレイク。NHK紅白歌合戦初出場を果たすまでに成長を遂げました。
以降、「釧路湿原」「安芸の宮島」「伊勢めぐり」など、数々のご当地ソングを世に送り出し、ついに45都道府県、合計164曲という驚異的な記録を打ち立てました。
残るは福岡県と徳島県の2県のみ。「今となっては、福岡と徳島に行くと気まずい思いがします」と笑いながらも、全国制覇への意欲は変わりません。
「日本の美しい風景、人それぞれのふるさとの景色を、歌で届けていきたい」。そんな温かい想いが、これからの活動を支えていくのでしょう。
演歌ニュース記事 感想
この記事を読んで、改めて水森かおりさんが歩んできた道のりの重みを感じました。
デビュー当時から今に至るまで、流行に流されることなく、けれど柔軟に時代に合わせながら、演歌という世界で真っ直ぐに歩んできた姿勢に胸を打たれます。
特に、「大阪恋しずく」に込められた原点回帰の想いには、ぐっとくるものがありました。華やかな表舞台の裏で、どれほどの努力や葛藤があったのか——それを想像すると、なおさらこの新曲が愛おしく思えます。
また、福岡と徳島だけが残った全国制覇への道のりにも、素直にワクワクしました。きっと近いうちに、この2県をテーマにした素敵な曲が生まれるのでしょう。
これからも水森かおりさんらしい「ふるさとを歌う心」を、ずっと応援していきたいと感じました。

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