「演歌界の貴公子」として、17歳という若さで鮮烈なデビューを飾ってから、早25年。山内惠介さんが、歌手人生の大きな節目を迎えました。その間、決して平坦ではなかった道のりを乗り越え、今や押しも押されもせぬトップスターへと成長。しかし、その親しみやすい笑顔とお茶目なキャラクターは健在です。「何がいちばん変わったっていうと、もう青くないってことですよ。青年じゃなくなっちゃった(笑)」と、デビュー当時を軽快に振り返る山内さん。この記事では、25周年を迎えた彼の率直な心境、歌への変わらぬ情熱、そして長年支え続けてくれるファンへの、愛とユーモアに満ちたメッセージをお届けします。
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演歌界の貴公子・山内惠介がデビュー25周年で「青年じゃなくなった」25年前の自分にかけたい“言葉”
「味がないこと」が素敵だった若き日、そして25年で得た“味”
「若いときは、歌はうまいけど味がないねとよく言われたものです。それに対して、イラッとしたり落ち込んだりしていました。でも今振り返ると、若いときは“味がないこと”が素敵なんだと思います。褒め言葉だったのかもしれないですね」。デビュー当時をそう懐かしむ山内さん。17歳で「演歌界の貴公子」として脚光を浴びた彼も、今年でデビュー25周年。最も大きな変化を尋ねると、「もう青くないってことですよ。青年じゃなくなっちゃった(笑)。そこからは目を背けられないです!」と、いつものように明るく笑い飛ばします。
しかし、その言葉の裏には、25年間という歳月で培われた確かな自信と、歌への深い理解が感じられます。「若いときは、どんなに味を出そうとしたって出なかった。ところが今は、自然と味が出るんです。25年間歌っていて、そこは変わったことだなと思います。出会いや別れを経験して、侘びさびがわかってきたことが、味につながっているのかな」。それでも、「変わらないのは、歌への思いです。見えてくる世界が変わっても、歌への思いはずっと変わりませんでした。難しくて面白くて、飽きることがないです」と、その情熱は少しも衰えることを知りません。
「売れなかった時代」があったからこそ…感謝と共に歩んだ道
25年という長い道のりは、決して順風満帆ではありませんでした。「25年間での試練は?」という問いに、「売れなかった時代」と即答する山内さん。2001年にデビューし、NHK紅白歌合戦への初出場は2015年。その間、なかなか芽が出ず、苦しい時期も経験しました。「いきなりヒットを飛ばしていたりしたら、きっと今の自分ではないと思います。調子に乗って終わっていたかもしれません。自分より後にデビューした人がスターダムにかけ上がっていく姿を何度も見ましたし、追い抜かれる経験もいっぱい味わいました」と、当時の葛藤を隠すことなく語ります。
それでも心が折れなかったのはなぜか。「応援してくれる人はもちろんですが、自分をプロデュースしてくれる人たちがいたからです。25年間、1年に1曲はシングルを発売させてもらっているのですが、これって実は当たり前じゃない。スポットライトが当たらないときも曲を出させてもらえたのは、本当に恵まれていたと思います。地団駄を踏んでいたとき曲を出させてもらえなかったら、腐っていたかもしれません。本当に感謝していますし、1曲1曲を大事にしていきたいです」。その言葉からは、周囲への深い感謝の念と、一曲一曲に魂を込めて歌い続けてきた彼の真摯な姿勢が伝わってきます。
25周年記念曲「北の断崖」と、10年後の自分、そしてファンへのメッセージ
25周年という記念の年にリリースされたシングル「北の断崖」は、原点回帰とも言える王道の演歌。「男性を憎みきれない女性のいじらしさを歌った曲です。別れた相手のことをぐちぐち言うよりも、こんな良いところもあったよねって思えたほうが、人としてレベルが高いじゃないですか。男も女も、人間ってこうあってほしいなと思います」と、楽曲に込められた想いを語ります。ミュージックビデオの再生回数は早くも230万回を突破するなど、大きな反響を呼んでおり、「自分のことを歌っていると思ってくれて、経験を話したくなるんだと思います。そんな反響に、男の自分が女性の心を想像して歌うことの面白さがあるなと思います」と、手応えを感じている様子。
25年前の自分に声をかけるとしたら?という質問には、「継続していればミラクルは起こるということと、自分のためではなく、誰かのために歌ってほしいということです。周りの人が、僕の人生に自分の人生を重ねてくれるから歌えているんだと自覚して、自分ではなくて誰かのために歌ってほしいと伝えたいです」と、真剣な眼差しで語りました。そして、35周年を迎える10年後の自分については、「できあがっていない、伸び代がある状態でいたいです。素敵な出会いがたくさん待っているだろうし、それをキャッチできる自分でいたい。輝いていたいですね!」と、未来への希望を語ります。
最後に、ファンへのメッセージを求められると、山内さんらしいユーモアを交えながら、こう締めくくりました。「ここからの10年で“本物”の大人になっていきたいと思っています。そしてみなさんには、山内惠介を推した責任として、大人になる僕を見届けてもらいたいです!……どう?この上から目線(笑)。僕もみなさんに魅力的だと思ってもらえるようになる責任があるけど、僕を応援してくれる人は、きっと他の人におすすめもしてくれているだろうし、“推した責任”というものがありますからね(笑)。あとは、心も身体も健康に気をつけてほしいです。僕は自分でちゃんと健康にやってるから、心配しなくていいので(笑)。健やかに、僕を応援してもらえたらうれしいです」。その言葉には、ファンへの深い信頼と、これからも共に歩んでいきたいという温かい気持ちが溢れていました。
演歌ニュース記事 感想
山内惠介さんのデビュー25周年インタビュー記事を拝見し、まず「青年じゃなくなった(笑)」という飾らない言葉に、親しみやすさと共に、25年という歳月の重みを感じました。若い頃は「味がない」と言われ悩んだこともあったけれど、今は自然と味が出るようになったというお話は、多くの経験を積み重ねてこられたからこその深みであり、非常に印象的でした。
「売れなかった時代」を経験したからこそ今の自分がある、そしてスポットライトが当たらない時も曲を出し続けてくれた周囲への感謝の言葉には、山内さんの誠実な人柄が表れているように感じ、胸を打たれました。「継続していればミラクルは起こる」「誰かのために歌ってほしい」という25年前の自分への言葉も、これから何かを目指す多くの人にとって、勇気づけられるメッセージなのではないでしょうか。
そして、ファンへの「推した責任として、大人になる僕を見届けてほしい」という、ユーモアを交えながらも愛情のこもった呼びかけには、思わず笑みがこぼれました。この記事を読んで、山内惠介さんがこれからもファンと共に、素敵な音楽を届け続けてくれることを、心から楽しみにしています。

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