演歌の歴史。その誕生は明治時代だった。
演歌は日本の音楽ジャンルの歴史を紐解く上で重要な位置を占めています。演歌の誕生は明治時代の自由民権運動をきっかけに「演説歌(えんぜつか)」として始まりました。演説歌はその名の通り政治的な主張を歌にのせて演説するスタイルでした。若者たちが街頭で自らの主義主張を表現し、政府批判を歌にして訴えることで、社会に対してメッセージを伝える手段として用いられたのでした。
当初の演説歌は政治色が濃く社会運動の一環として活動していましたが、次第に時代が進むにつれてその性格は変化していきます。政治的な色合いが薄れ、悲恋や男女の心情を歌うようになり、やがて「艶歌(えんか)」とも呼ばれるようになりました。こうして演説歌は、個人の情熱や感情を表現する歌として進化していったのです。
演歌はその後も洗練されながら発展していきました。大正時代には西洋音楽の影響も取り入れられ、レコード産業の成立により洋楽系歌手が登場しました。昭和時代に入ると演歌師や歌手が登場し、日本固有の音階を持つ楽曲が増えていきました。そして昭和後期には演歌は大衆音楽として広く親しまれるようになりました。
「演歌」という言葉、実は3つの意味がある
「演歌」という言葉には、時代によって異なる3つの意味があります。これを知るとより演歌への理解が深まります。
ひとつ目は前述の「演説歌」の略。明治時代の政治的な歌のことです。ふたつ目は「艶歌」。男女の情愛や人生の哀愁を歌った昭和の歌謡曲を指します。字が違うだけで読み方は同じ「えんか」です。演歌の歌詞によく登場する「未練」「涙」「港」「酒」といったテーマはこの時代に確立されました。みっつ目が現代一般的に使われる「演歌」。五音音階(ヨナ抜き音階)を基調とした日本独自の音楽ジャンルとして定着した意味です。この3つの意味が混在しているため「演歌とは何か」という定義は専門家の間でも議論になっています。
演歌の音楽的な特徴とは?
演歌を他のジャンルと区別する最大の特徴は「ヨナ抜き音階」です。西洋音楽のドレミファソラシドから「ファ(四)」と「シ(七)」を抜いた5音で構成される音階で、日本人が懐かしさや郷愁を感じやすい独特の響きを生み出します。
また「こぶし」も演歌の大きな特徴のひとつです。こぶしとは音程を細かく揺らす歌唱技法のことで、演歌歌手の技量を示す重要な要素とされています。同じ歌詞でも歌手によってこぶしの入れ方が異なり、それぞれの個性が生まれます。さらに「ビブラート」の使い方も演歌ならではです。演歌のビブラートはポップスやロックとは異なり、より深くゆったりとした揺れが特徴で、聴く人の心に深く染み入るような効果をもたらします。
演歌の黄金時代はいつ?
演歌が最も輝いていたのは1970年代〜1980年代です。この時期は「演歌の黄金時代」と呼ばれ、多くの名曲が生まれました。北島三郎の「まつり」、都はるみの「アンコ椿は恋の花」、石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」、細川たかしの「心のこり」など、今も多くの人に愛される名曲が次々と誕生しました。当時はレコードの売上が驚異的で、ミリオンセラーを連発する演歌歌手が続出。NHK紅白歌合戦でも演歌が番組の中心を担い、一家団らんのシンボルとなっていました。
現代の演歌はどうなっている?
2000年代以降、演歌のCD売上は減少傾向にありますが、演歌そのものが衰退しているわけではありません。カラオケでは演歌の人気は根強く、年配層だけでなく若い世代にも演歌カラオケを楽しむ人が増えています。また氷川きよしや山内惠介、辰巳ゆうとなど若手・中堅の演歌歌手が活躍し、新たなファン層を開拓しています。
さらにYouTubeやサブスクリプションサービスの普及により、昭和の名曲が再発見されるケースも増えています。「昭和レトロ」ブームの影響もあり、若い世代が演歌や歌謡曲に興味を持つきっかけが生まれています。演歌は時代とともに形を変えながら、日本人の心に寄り添い続ける音楽として、これからも愛され続けていくことでしょう。

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