1937年:戦争と文化の岐路に立つ日本
1937年の日本は、国内外の緊張が一気に高まりを見せ、戦争という時代の奔流に呑み込まれていく重要な転換点となりました。年の前半には政治の不安定さが際立ち、1月には廣田弘毅内閣が総辞職し、林銑十郎内閣が短期間で発足するなど、政権交代が続く中で陸軍の政治介入も明確になっていきます。特に宇垣一成に組閣命令が出されたものの陸軍が閣僚を出すことを拒否したため、組閣が実現しなかった出来事は、軍部の発言力がすでに無視できない段階にあったことを示しています。
こうした国内の混乱の中、7月7日に起きた「盧溝橋事件」は、日本と中国との全面戦争、いわゆる日中戦争の幕開けとなります。この事件は偶発的な小規模衝突とされながらも、瞬く間に拡大し、日本政府は華北への派兵を決定。続いて上海でも武力衝突が発生し、8月には「第二次上海事変」が勃発。日本軍は中国全土での作戦を本格化させ、12月には中国の首都・南京を占領するに至ります。その過程で発生した南京事件は、のちに国際的な議論を巻き起こす重大な出来事となります。
この戦争の激化に伴い、国内では「国民精神総動員運動」が展開され、国民の生活も次第に戦時体制へと移行していきました。新聞や映画、ラジオなどあらゆるメディアが国家の方針を強く打ち出すようになり、「愛国行進曲」が象徴的な戦時歌として発表されたのもこの年の暮れのことです。また、物資や交通も次第に制限され、準急列車の廃止など、日常の足元にも戦争の影が忍び寄っていました。
一方で文化面では、戦時下にあっても豊かな創造が見られた年でもあります。文学の分野では、火野葦平の『糞尿譚』が芥川賞を、井伏鱒二の『ジョン萬次郎漂流記』が直木賞を受賞し、社会と人間へのまなざしを反映した作品が注目を集めました。また、山本有三の『路傍の石』や永井荷風の『濹東綺譚』、横光利一の『旅愁』といった著名作家たちの連載も相次ぎ、読者に深い余韻を残しました。
映画界では、国内外ともに印象的な作品が登場します。ジャン・ルノワール監督の『大いなる幻影』や、山中貞雄監督の『人情紙風船』、さらには世界初の長編アニメーション『白雪姫』が公開されるなど、映像表現の進化が顕著となりました。また、満洲映画協会がこの年に設立されたこともあり、映画を通じたプロパガンダや国威発揚の役割も強まりつつありました。
スポーツの世界では、プロ野球が盛り上がりを見せました。春の優勝は東京巨人軍、秋はタイガースが制し、沢村栄治が最優秀選手・最多勝利・最優秀防御率などの栄誉を総なめにしています。その圧倒的な成績は「日本野球の伝説」として語り継がれ、同年開催された第1回プロ野球オールスター戦もファンを熱狂させました。相撲界では双葉山定次が春・夏場所を連覇し、その強さが際立ちました。
経済の分野では、新興産業の動きが目立ちます。3月には丸井が開業し、都市生活者向けの小売業が本格的に台頭。また8月にはトヨタ自動車工業が設立され、日本の機械産業・自動車産業の礎が築かれた年でもありました。こうした企業の誕生は、後の高度経済成長に向けた胎動とも言えるものです。
海外に目を向けると、ヨーロッパではナチス・ドイツの台頭がさらに加速し、スペイン内戦の混乱やソ連での大粛清など、全体主義の脅威が世界を覆いつつありました。ローマ法王庁がナチスのユダヤ人差別を批判した一方で、国際連盟では日本の軍事行動に対する非難が相次ぎ、日本は次第に国際社会から孤立を深めていくことになります。
このように、1937年は日本にとって内政・外交・文化すべての側面で大きな転換を迎えた年でした。戦争が本格化するなかで、人々の暮らしは国家の動員体制に組み込まれていき、平和な日常は次第に遠のいていきます。しかしその一方で、文学や映画、スポーツといった文化の分野では確かな輝きも残されており、時代の荒波の中にあっても人々の感性や想像力は脈々と息づいていたことがわかります。この年の出来事は、日本が20世紀前半をいかに歩んでいくのかを占ううえで、きわめて重要な意味を持つものだったといえるでしょう。
1937年:哀愁と愛国が交差した音楽の一年
1937年の日本の音楽シーンは、時代の大きなうねりの中で、戦時体制へと向かう社会状況を色濃く反映した一年となりました。国内外で政治的な緊張が高まるなか、音楽もまた娯楽や芸術の枠を超え、国民の心を支え、時に動員の手段として機能するようになります。こうした背景のもとで、この年の音楽界にはいくつかの重要な潮流が生まれました。
まず注目すべきは、いわゆる「戦時歌謡」と呼ばれるジャンルの台頭です。日中戦争の開戦とともに、兵士を励まし、銃後の人々に団結を促す楽曲が多く制作されるようになりました。とりわけ、「露営の歌」(霧島昇ほか)は国民的な支持を受け、多くの若者がこの歌とともに戦地へと向かったといわれています。同様に「愛国行進曲」は、徳山璉、灰田勝彦、四家文子、中村淑子らの歌唱により広まり、戦意高揚の象徴として強い存在感を放ちました。こうした楽曲は、ただの音楽作品ではなく、国家の方針や国民の情緒と深く結びついた文化的な役割を担っていたのです。
一方で、流行歌の分野では哀愁を帯びたメロディーと抒情的な歌詞が多くの人々に愛されました。たとえば、淡谷のり子が歌った「別れのブルース」は、その情感豊かな歌唱とブルース風の旋律が注目され、彼女を「ブルースの女王」として不動の地位に押し上げました。ディック・ミネも「人生の並木路」や「アイルランドの娘」などでその甘い歌声を武器に人気を集め、和製ジャズの先駆者として高い評価を得ました。藤山一郎もまた「青い背広で」や「青春日記」といった爽やかな青春歌謡で若者たちの共感を呼びました。
さらにこの年は、抒情と哀愁をたたえた「裏町人生」(上原敏・結城道子)や「泪のタンゴ」(松平晃)といった作品も人気を博し、都会の片隅で懸命に生きる人々の姿を繊細に描き出しました。これらの歌は、戦争の足音が迫る時代にあって、平穏な日常や人間の情の機微を大切にする心を静かに訴えていたようにも思われます。
また、クラシック音楽の世界でも動きがありました。作曲家・大澤壽人の「交響曲第3番」や、早坂文雄の「古代の舞曲」など、日本人作曲家による本格的な作品が登場し、国内の音楽界に新たな息吹をもたらしました。国外では、ソビエトのドミートリイ・ショスタコーヴィチによる「交響曲第5番」が初演され、緊張感あふれる作品世界が当時の国際情勢と響き合うかのような話題となりました。
子ども向けの音楽としては「かもめの水兵さん」や「かわいい魚屋さん」といった童謡が親しまれ、家庭や学校でも繰り返し歌われるようになります。童謡は厳しい時代のなかでも、子どもたちの健やかな成長を願う親心や、明るい未来への希望を感じさせる存在であり続けました。
1937年はまた、軍歌の量産が進んだ年でもあります。「眠れ戦友」や「軍国の母」、「銃後の花」など、兵士とその家族の絆を描く作品が多数登場しました。こうした楽曲は、戦時下の感情や価値観を強く映し出すものであり、当時のリスナーたちは単なる娯楽以上の意味をそこに見出していたのでしょう。
この年には特筆すべき音楽イベントこそ存在しませんが、「愛国行進曲」の公式な発表が日比谷公会堂で行われたことは象徴的な出来事です。音楽が国家のメッセージを代弁する媒体となりつつあった時代において、このような場での発表は、政府と文化の関係性がより密接になっていたことを示しています。
全体を通してみると、1937年の日本の音楽シーンは、戦時色が徐々に濃くなる社会の空気を背景に、多様なジャンルの音楽がそれぞれの形で人々の心に寄り添っていたことがわかります。哀愁の旋律に癒やしを求める者、軍歌に鼓舞される者、童謡に安らぎを見出す子どもたち。そのどれもが、時代の記録であり、感情の証でした。
この年に生まれた数多くの楽曲は、後の日本音楽の基礎となり、戦後の歌謡曲や演歌の隆盛につながっていきます。特に淡谷のり子やディック・ミネのような存在は、ジャンルを超えて後進に大きな影響を与え続けました。1937年は、音楽が文化の中で果たす役割の幅広さと、その持つ力を改めて感じさせる一年だったと言えるでしょう。
1937年(昭和12年)の名曲、発売リスト
以下に、1937年の代表的な演歌・歌謡曲をいくつか紹介します。
- 淡谷のり子「別れのブルース」「私のトランペット」
- ディック・ミネ「林檎の樹の下で」「人生の並木路」「アイルランドの娘」
- 灰田勝彦「僚機よさらば」「感激の南京入城」
- 岸井明 、平井英子「タバコやの娘」
- 月村光子「春の唄」
- 四家文子「軍国子守歌」
- 小唄勝太郎、市丸、鈴木正夫「祝捷音頭」
- 小林千代子「銃後の花」
- 松島詩子「マロニエの木蔭」
- 松平晃「泪のタンゴ」
- 上原敏「妻恋道中」「流転」「裏町人生 (w.結城道子)」
- 森山久「霧の十字路」
- 青葉笙子「関の追分」
- 赤坂小梅「浅間の煙」
- 三門順子「春色明治姿」「さくら道成寺」
- 中野忠晴「山寺の和尚さん(w.コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ)」「アコーディオンの春」
- 東海林太郎「すみだ川」
- 古賀久子「小楠公」
- 東京リーダー・ターフェル・フェライン「つわものの歌(献納軍歌)」
- 藤山一郎「青い背広で」「青春日記」「白虎隊」
- 徳山璉「眠れ戦友」「南京陥落大勝利」「愛国行進曲 (w.灰田勝彦, 四家文子, 中村淑子)」
- 二葉あき子「乙女 19」
- 林伊佐緒、近衛八郎、樋口静雄「男なら」
- 林伊佐緒、新橋みどり「若しも月給が上がったら」
- 渡辺はま子「愛国の花」
- 江戸川蘭子 / 千葉早智子「良人の貞操」
- 大澤壽人「交響曲第3番」
- 早坂文雄「古代の舞曲」
- 長田幹彦、阿部武雄「日独伊防共トリオ」
- 童謡「かもめの水兵さん」「かわいい魚屋さん」
- 市歌「釜石市民歌」「静岡市歌」「戸畑市歌」「船橋市歌」「横須賀市歌」「若松市歌」
- 戦時歌謡;美ち奴「軍国の母」
- 霧島昇「露営の歌」
- 塩まさる「軍国子守唄」
- 歌曲「海行かば」
- 軍歌「ああ我が戦友」「露営の歌」

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